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津地方裁判所 昭和29年(ワ)131号 判決

原告 平松亨

被告 大谷道子 外一名

主文

被告大谷道子は、原告のために別紙目録〈省略〉記載(1) ないし(5) の不動産に対する二分の一の持分について、所有権移転登記手続をせよ。

被告大谷武充は、原告のために、別紙目録記載(6) ないし(8) の不動産に対する二分の一の持分について、昭和二十八年九月十三日附売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その二を被告等、その一を原告の各負担とする。

事実

一  当事者双方の申立

原告訴訟代理人は、「被告大谷道子は、原告のために、別紙目録記載(1) ないし(5) の不動産について、所有権移転登記手続をなし、且つ(4) の家屋を原告に対し明渡せ。被告大谷武充は、原告のために、別紙目録記載(6) ないし(8) の不動産について、売主を同被告、買主を原告とする昭和二十八年九月十三日附売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求めた。

二  原告の主張

原告と被告平松道子こと大谷道子とは暫く結婚生活を続けていたが、同被告の実弟である被告大谷武充所有にかかる別紙目録記載の不動産を原告が二回にわたつて買受けることとなつたので、原告は被告道子に対しその買受及びその移転登記手続をなすことを委任し、一方被告等の実母訴外大谷まつが被告武充を代理(第一回の売買のさいは同被告が未成年だつたので、法定代理)し、右両人間で売買契約が結ばれた。

そして第一回は、昭和二十四年二月に、別紙目録記載不動産の内、(4) の(一)の建物の一部である建坪十六坪五合の家屋とその敷地である(3) の宅地の一部の二十八坪五合を、代金二十万円で原告が買受け、右代金は同月二十一日に金十六万円、翌三月十日に金四万円を原告の実兄訴外平松寿男に立替えてもらつて支払つた。

第二回は、昭和二十八年九月十三日に、別紙目録記載不動産の残余全部(但し、(6) ないし(8) の畑については農地である関係上売買の予約に止めた)を、代金二十七万円で原告が買受け、右代金は右同日金三万円、同年十一月六日に金七万円、昭和二十九年一月六日に金十七万円を右平松寿男に立替えてもらつて支払つた。

かくして、別紙目録記載(1) ないし(5) の不動産は原告の所有となり、別紙目録記載(6) ないし(8) の不動産については原告と被告大谷武充との間に売買予約が成立したのである。

しかるに、昭和二十九年九月七日、原告と被告道子は離婚の調停成立し、別れることとなつたが、これよりさき同年六月十七日、被告道子は被告武充より別紙目録記載の(1) ないし(5) の不動産の贈与を受けたとして、右同日津地方法務局関出張所受附第六百九十五号をもつて、右不動産について贈与を原因とする所有権移転登記手続をなした。

けれども右所有権移転登記は次のように登記原因を欠くものであつて無効である。

すなわち、第一に右両被告間の贈与の事実はない。なぜなら贈与の対象とされる不動産は原告が既に買受けてあつたことは両被告とも十分知つていたのだから、これを更に贈与することは有り得ないことである。また第二に、もし仮に両被告間に贈与があつたとしても、これは両被告が通謀してなした虚偽の意思表示であるから無効である。よつて被告大谷道子に対し真実の所有権者と登記簿上の所有名義を一致させるため、抹消登記手続に代えて原告に対する所有権移転登記手続を求める。

さらに、仮に右贈与が有効に成立し、これに基いて右登記がなされたとしても、被告道子はさきに原告から本件不動産の買受方の委任を受けたのであるから、その受任義務の履行として、同被告は自己名義となつた本件不動産の所有権を原告に移転し、且つ原告のために右所有権移転登記の手続をなすべき義務がある。

そして被告道子はなお別紙目録記載(4) の家屋に居住しているが、既に原告と同被告が離婚した以上、原告の所有にかかる右家屋に同被告が居住する権利はない。

よつて、原告は、被告道子に対しては、原告のために、別紙目録記載(1) ないし(5) の不動産について、所有権移転登記手続をなすこと及び(4) の家屋を原告に対して明渡すことを求め、被告大谷武充に対しては、原告のために、別紙目録記載(6) ないし(8) の不動産について、昭和二十八年九月十三日附売買の予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続をなすことを求めるため本訴請求に及んだ。

三  被告等の主張

原告主張事実は、その主張の不動産の売買について、買主が原告単独であること及び被告大谷道子が原告より本件不動産につき買受の委任を受けたこと並びに第一回の売買代金のうち金四万円を原告が支払つた点を除いて他はすべて認める。

なお、別紙目録記載(1) ないし(5) の不動産につき贈与を原因とする所有権移転登記がなされているのは、単に形式上贈与の形をかりたまでであつて、真実は売買による所有権移転である。

そして、本件不動産の買主は、原告主張のように原告単独ではなく、被告道子と原告が持分は各二分の一の約で共同して買受けたものであるから、本件不動産は各二分の一ずつの持分で原告及び被告道子の共有に属するものである。これを別紙目録記載(1) ないし(5) の不動産につき被告道子の単独所有名義に登記手続をしたのは、右買受当時原告及び被告道子は結婚生活を続けていた間柄であつたので、夫である原告の承諾を得て特に被告道子名義に所有権取得登記をしたものである。

かような事情であるので、本件不動産を買入れるについては被告道子は養親である訴外平松淳次と離縁する際同訴外人より贈与を受けた金四万円を右不動産買入代金の支払に充て、また右訴外人より離縁の際贈与を受けた畑九畝二歩を原告の兄平松寿男に売却してその売得金九万円を右売買代金の支払に充てた。なお、本件不動産を買入れるにつき原告の兄平松寿男から借入れた金員の一部は、被告道子が経営する商店より得た利益をもつてこれを返済した。

以上の理由によつて、本件不動産につき原告単独名義に所有権移転登記及び所有権移転請求権保全の仮登記をなすことを求める原告の本訴請求には応じられないが、原告と被告道子との共有名義にするための所有権移転登記及び所有権移転請求権保全の仮登記をすることについては異議がない。

四  立証〈省略〉

理由

原告主張事実は、その主張の不動産の売買について、買主が原告単独であること及び被告大谷道子が原告より本件不動産につき買受の委任を受けたこと並びに第一回の売買代金のうち金四万円を原告が支払つたことを除いて他はすべて当事者間に争いがない。

先ず別紙目録記載(1) ないし(5) の不動産が原告の単独所有であるかどうか、また別紙目録記載(6) ないし(8) の不動産につき原告が単独で売買の予約をなしたかどうかについて判断する。

証人平松寿男や原告本人の各供述は、証人大谷まつ及び被告大谷道子の各供述に対比してたやすく信じられず、成立に争いのない甲第八号証(財産分与の審判申立書)、証人大谷まつの証言によつて成立の認められる甲第六号証(売渡証)、同第一号証、同第二号証、同第三、第四号証の各一(いずれも金銭受領証)の各記載によつても、証人大谷まつの証言と対比して考えるときは未だこれをもつて本件不動産の買受人が原告単独であると認定するに足らず、しかして他に本件不動産を原告が単独で買受けたことを認定するに足る適確な証拠はない。

かえつて証人大谷まつの証言と被告大谷道子本人尋問の結果並びに成立に争いのない乙第四号証を総合すれば、次の諸事実が認定できる。

すなわち、被告等両名の実母訴外大谷まつは、若い頃から東京に出ていたが、戦時中故郷関町にある別紙目録記載(4) の家屋に疎開してきて、そのまま同所で佃煮などの販売をして暮していたが、昭和二十四年二月頃関町にある財産を整理して、長男である被告武充の教育のために再び東京に戻り、東京に残した宅地に家を建てて暮したいと考えるようになつたが、被告武充の所有に属した本件不動産は先祖から残された財産でもあるし、また同人としては将来再び関町に帰つて静かに暮したい意向もあつたところ、一方被告道子はその頃養家先きと離縁の話も出ていたことなので、被告道子夫婦が本件不動産の内家屋の一部に居住して、まつの店を引継いで商売をしてゆけば、被告道子夫婦の生計の補いにもなるし、且つはその他の財産の保全にも好都合だと考えたので、まず本件不動産の内さし当り被告道子夫婦の住居として別紙目録記載(4) の(一)の建物の一部である建坪十六坪五合の家屋とその敷地である(3) の一部の二十八坪五合の宅地を、娘である被告道子等とその夫の原告とに、代金二十万円で売渡すことになり、被告道子夫婦もこれに同意して買受けることになつたこと。そしてこのさい被告道子夫婦は結婚後二年ばかりではあるし、ともに養家を出たところなので、夫婦協力して暮してゆくものとして、その後の不和を予想もせず、大谷まつは被告武充との連名で、一家の主人であるべき夫の原告ひとりにあてた不動産売渡証(甲第六号証)を作つて原告に交付したこと。代金二十万円の支払は、被告道子が養家を離れるとき養親より貰い受けた金四万円と、原告の実兄訴外平松寿男より立替えてもらつた金十六万円によつてすませたこと。右代金の受領証(甲第一、第二号証)は、さきの不動産売渡証同様の趣旨で原告あてとし、特に被告道子の名を出さなかつたこと。ところがその後、まつは病に倒れたので関町へ帰ることを断念し、被告武充とともに東京に住みつくこととして、昭和二十八年九月十三日、本件不動産の残余もすべて娘の被告道子夫婦に売渡すこととし、被告道子夫婦もまたこれに同意して買受けることになり、代金を金二十七万円ときめたこと。但し、右不動産の内別紙目録記載(6) ないし(8) の畑三筆は農地法の関係上直ちに所有権移転ができないので、形式的には売買の予約ということにしたこと。右売買代金を支払うため、被告道子は訴外平松淳次から贈与を受けた畑九畝六歩を売却してその代金を右支払に充てたこと。

以上認定の諸事実からすれば、本件不動産を買受ける契約をした者は、二回とも被告道子とその夫である原告の両名であると認めるべきであり、従つて本件不動産は右両名の共有に属したものと解するのが相当である。ただその持分については、被告道子本人の供述によれば何等約定がなされなかつたことがうかがわれるから、民法第二百五十条により各共有者の持分は各二分の一と推定すべきである。

次に原告の被告大谷道子に対する所有権移転登記請求について判断する。

別紙目録記載(1) ないし(5) の不動産について被告大谷武充より被告大谷道子に対する贈与を原因として被告道子名義に所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがないが、これは単に形式上に過ぎず、真実贈与があつたわけでないことは被告等の認めるところであるから、贈与を登記原因とする右所有権移転登記は真実と符合しないわけであるが、実質的に所有権の移転があり、真実の所有権者と登記簿上の所有名義者とが一致していればたとえ登記原因が真実と一致しなくても、その登記は有効であると解すべきであるところ、前記認定のごとく被告道子も本件不動産について持分二分の一の所有権をもつているわけであるから、その限度においては同被告のためになされている右不動産についての所有権移転登記は有効というべきであるが、その限度を超える部分については同被告の有する所有権移転登記は登記原因を缺き無効というべきである。

しかして、別紙目録記載(1) ないし(5) の不動産については原告も二分の一の持分を有するわけであるから、原告は被告道子に対し、右持分に基く物権的請求権として右不動産の二分の一の持分につき所有権移転登記請求権(抹消登記を求める代りに所有権移転登記を求めることも違法ではない。大審院昭和一五、六、二九判決参照)を有するものといわなければならない。

よつて、原告の被告道子に対する所有権移転登記手続請求は持分二分の一の限度においては正当であるからこれを認容すべきであるが、その余の部分は失当であるからこれを棄却すべきものとする。

別紙目録記載の(4) の建物に被告道子が居住していることは当事者間に争いがないところであるけれども、前記認定のとおり、被告道子は右建物につき二分の一の持分を有するのであるから同被告は右持分に基きその割合に応じ全面的に右建物を使用する権限を有するものというべきであるから(民法第二百四十九条)、原告が同被告に対し右建物の明渡を求める本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとする。

最後に原告の被告大谷武充に対する本訴請求について案ずる。前記認定のごとく、別紙目録記載の(6) ないし(8) の不動産は原告と被告道子とが共同して被告大谷武充より買受ける旨の予約(農地の関係上形式的に売買の予約としたもの)をなしたものであるから、そして原告と被告道子間の持分は各二分の一ずつであるから、原告は被告大谷武充に対し持分二分の一につき所有権移転請求権保全の仮登記を請求する権利があるものというべきである。(仮登記請求権は売買契約より生ずる登記請求権と同じく、所有権を移転すべき予約に基き当然発生するものと解する。大審院大正九、一一、二九判決参照。なお被告大谷武充は、原告の持分の限度においては右仮登記をなすべきことを本訴において認諾している。)

しからば、原告の被告大谷武充に対する別紙目録記載の(6) ないし(8) の不動産に対する所有権移転請求権保全の仮登記手続請求は、持分二分の一の限度においては正当であるからこれを認容すべきであるが、その余の部分については失当であるからこれを棄却すべきものとする。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用した上、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 田中良二 西川豊長)

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